インタビュー
やりたいことは「お客さまの望むことをやること」「Fashion AT Men’s」代表・安積武史インタビュー
作ってる僕本人でもこの店でお金を出して買いたいと思えることですね。
自分が「モノ」を買う時の選択肢の中に、まず一番に入って来ること。
僕の場合、その基準となるのは「コストパフォーマンスの高さ」です。お金を出せば良いものを買えるのは当たり前。
だけど、この価格帯の中での最高を求めるということです。
弊社で扱うスーツの価格帯については明確に線引きをしていて、それ以外のランクのものについてはなるべく手を出さないようにしています。そうじゃないと効率性も失われますし、ランクによって客層が全然違うので、すべての人に対応できないんですよね。
自分でターゲットをしっかり決めて、そのプライスゾーンの中でのナンバーワンと共にオンリーワンを狙う気持ちでやっています。
価格帯の中での最高を求めるためにやっていることは?
僕は、技術を求めすぎてスーツが「芸術作品」になってしまうのは違うと思っているんです。
今は、その技術をベースにもう少し低価格で提供することが求められているし、それができる時代になってきています。
例えばボタンホール。
従来はコツコツ一針一針手でやらなきゃいけなかったところも、今はミシンでできるようになっています。
手で作業しても機能的には変わりません。
形や針足にしてもミシンで作業したものも手作業に負けないぐらいきれいです。
そういうところでコスト削減できるわけです。
その積み重ねで安くすることができるんです。
他店のものと弊社のボタンホールの針足の長さを一度よく見て比べてください。
この1か所だけでも違いがすぐに分かるはずです。
僕は自分でいろいろと師匠を見つけています。
「これに関してはこの人だ」みたいに。師匠は与えられるものじゃない、自分から求めて探していくものです。
自分がその人の服の「こういうところいいなあ」って思ったら、その部分を教えてもらって学んでいけばいいんです。
洋服にはたくさんの工程があります。
「この部分は僕のところはこうなってるけど、どうしてこの人のところは毎回きれいなんだろうな」と思った時に、「すいません、ちょっと教えてください」って聞く、その勇気があるかどうかです。
もちろん、教えてもらえない場合もあります。
その場合はまた別の師匠を探しに行く。
もっときれいにやってる人はいないかと探して、それで教えてくれる人に学ぶ。難しいことじゃありません。 僕はこれ、仕事だけではなくて生き方すべてについてそうだと思うんです。
たった一人しかいない師匠なんて、越えられるかもわからないし、越えるにしても何十年かかるかわかりません。
ところが、一部分だけなら、そんなに時間はかからないんです。
世界マスターテーラー大会に出場する理由も技術を学ぶためですか?
もちろんそうです。あれはお互いWin-Winの世界なんですよ。
マスターテーラーで僕の出品した作品に、他の人たちが持っていない技術が用いられているとします。
そうすると、みんな「これは、どうやっているんですか?」と聞いてきます。
聞かれたら、僕は基本的にすべてオープンです。
そうすることで、逆に僕が聞きたいことを聞いた時になんでも教えてくれるんです。
例えば、「中国の方と商売してるらしいですが、好みはどんな感じですか?」とか、聞けば教えてくれる。
普段日本にいたら聞けないような情報が必然と入って来るんです。
情報というのは、オープンにした方が絶対に入って来るんです。
今後、スーツでやっていきたいことは?
「スーツでやっていきたいこと」というのは、僕にはまったくないんです。僕にとっては、お客さまが大事なんです。
お客さまが毎シーズン、スーツを作りに来てくださるだとか、洋服を買おうと思った時に真っ先に選択肢に僕の店の名前が挙がるだとか。それが僕の目標です。
お客さまが他のお店に「お洋服一着どうですか?」なんて言われた時に、「もう僕は洋服作るところ決まってるから」って跳ね除けるぐらいに、お客さまと僕がなじんでいること。お客さまとの信頼関係をどれだけ作るか。
それが僕にとって一番やらなければならない仕事だと思っています。
だから、やりたいことは「お客さまの望むことをやること」です。
お客さま皆さまが、ご自身がやってほしいことを明確に言える方であればいいけど、ご自身でも曖昧な方も多いですからね。お客さまは洋服のことを四六時中考えているわけではないので。
そこは、プロならではの目線で、真摯に対応していけるかどうかが大事になってくると思っています。
いろんなところでお話するのですが、お客さまは、とりあえず「スーツください!」とお店に来るわけです。
そうしたときに、僕は売らないんですよ。 「どうしてスーツをお求めなんですか?」って聞くんです。
お客さまはびっくりしますよね(笑)
だけど僕は、なぜスーツが必要なのかを聞きます。
そうするとお客さまが、「今度、会社の創業何十周年のパーティーがあって、そこに着ていかなきゃいけないんですよ」なんて教えてくれる。
「あなたはどういう立場でそのパーティーに行くんですか?」「僕が全部仕切らなきゃいけない立場です」それなら、スーツじゃないですよね。「それでしたらモーニングの方がいいですよ」とお勧めするんです。
こうしたやり取りをせずに、スーツが欲しいと言われて似合うスーツを売ってしまったら、お客さまが実際の会場に行った時に、「主催者なのにこんな色の服着ていいの?」って思われてしまいますよね。
最後に一言お願いします
僕はお客さまに洋服を売るというよりは、「徳」を売っていると思っています。
その方がいいんですよ。
そうしていることで結果的に、洋服屋としても信用してもらえて、洋服が欲しくなった時に来てくれると思っているんです。